2013年12月21日土曜日

夢で作曲。


昔からよく「作曲はしないの?」と聞かれる。編曲はよくするけど、作曲はしないなぁ。。。

作曲みたいな編曲はすることがあるけど。


でも昔からよく夢の中で作曲をすることがよくある。しかもギターではなく他の楽器で。
例えばサックスでフリージャズぽかったり、ピアノで現代音楽風だったり。

こないだもお恥ずかしい話し、二度寝っていうやつをしてしまって、一度寝のときに「あ~さっきの曲なかなかいかしてる曲だったな。」と思って、また二度目のときにも目覚める瞬間に曲を作って、あら、これもいいね、なんてことがちょくちょくあります。

でも夢の中とか、目覚める瞬間とか眠りに入るときって「シータ波」のまどろみ状態なので、時間が経つとすぐに忘れてしまうのですね。いつも思うのだけど、何かお手軽なボイスレコーダーみたいなのを近くに置いて録音してしまえばいいのかもしれないですけど。

起きているときは、よくお風呂に入ってリラックスしているときに良いアイデアが浮かぶ人がいるけど、私の場合はお風呂に入ることに集中しているので、それは曲に限らず何も浮かんでこないのですね。曲がいくらでもどんどん出てくるのは、ふと自分の部屋から外を眺めている時とか、デスクで何か仕事をしているときとか、そんなときでしょうか。そんな時は今度は「アルファ波」なんでしょうね。

これはもう高校生の頃からずーっとあるのだけど、今まで何故これを活かして作曲しなかったのか、もったいないなと思うことがあります。

そこで、もっと積極的に少しずつでも作曲に取りかかったら良いのではと、最近真剣に考えてみましたが、それでもやはり試みようとはしなく、ただ時が過ぎていくままです。何でかなぁ

なんとなく思うに、理由の一つに、演奏することに気持ちが集中しすぎたり、頭のスィッチが切り替わらなかったりするからではと思うのです。

昔の人はいいなと思います。バロックの時代はルネッサンスとバロックだけで良かったし、古典の時代はバロックと古典だけで良かったかもしれないし、あるいは古典だけ演奏していたかもしれない。現代の人はもうルネッサンス~バロック~古典~ロマン派~近代~現代、ギターの場合はポピュラー的なことまで、それだけ奥が深くて楽しいのですけど、やる事いっぱい♪

きっと古典期に生まれていたら自作自演の演奏家になっていたかなぁ・・・?

曲が出てくるときは、凄まじい速さで流れてきます。一度も聴いたことのない音楽なのだし、何かのフレーズを真似たものでもないので、やっぱり作曲なのですよね。。。

楽曲分析しているときに、ふと思ったりします。こんな事やっている時間があったら、もう自分で作曲してしまおうかと思うことがあります。何だか人の作った曲を分析してどういう風に解釈して~なんてやっていると自分の行為がアホらしくく思えてくるのですよね~。作曲家の方達がアホらしいのではなく、自分の行為が、ということです。アナリーゼしていくうちに何だか空々しい気持ちになるというニュアンスが分る人が日本にどれくらいいるのだろうか。楽曲分析をするのは当たり前で、それが悪いと言っているのとも違います。

これは演奏家でやってきた者の弱みであり、素晴らしさであったりもするのですけど。今ベストを尽くせるのは作曲した人の想像を超えるような表現力で演奏することでしょうか。。。

ただ、そんなもやもやした悩みを払拭する作曲家が一人います。

それはバッハです。

どんなに作曲する力があっても、この方には敵わないからです。
だからバッハのアナリーゼは例え弾かなくても、楽しいものです。