2017年5月29日月曜日

休符を弾く。


今日は丸1日フル稼働で充実した日だったな。

午前中~お昼過ぎまでCD収録曲のアレンジ、昼食後は近々のコンサートのリハーサル→ジョギング→夕食の買い物→料理をして食事後は深夜まで別の収録曲の練習。

今頭が冴えているし、気分ものっている。こう言うときに集中し倒すのは気持ちが良い。

午前中にアレンジしていた曲のイントロをFreelyと決めて即興的に一気に弾いて譜面にしてみたら、ちょうどぴったり16小節だったことに自分でも驚いてしまった。(フリーリーというのはアドリヴとは別物です。)

大抵ポピュラーの曲は8小節単位のブロックで組み合わされて構成されているのですが、フリーリーだと中途半端な小節数になりがちなのが、長いイントロではあるけれど、終わってみたら理にかなった小節数で自然と構成されていたのです。ポピュラーの奏者ではないから8小節単位でタイムが体内を流れているわけでもないのですけれど。

どうしてかと自分で分析してみたら、やはり間の使い方だったのかな。

クラシックでは昔から「休符も音符のうち」とか「休符を弾く」などと言われているけれど、多分休符や間を音が鳴っている状態として捉えて作ったからだと思う。こういう時に長年クラシックを勉強してきたことがポピュラーにも役立っている。だから今までの道のりは無駄ではなかったと思うと、遠回りしてきて逆に100年も近道だったような爽やかな気持ちになりました。

自分でも不思議だったのが和声進行も決めてなかったし、調性をほのかに感じながらも無調で感じるままに弾いても結局16小節でぴったり収まったこと。故意に5拍子とか7拍子にしたり小節数を曖昧にすることは簡単なことだから、一見相反するフリーと均整美の隙間にはいるものは何もないこの爽快感といったら!

哲学的に言うとこれが本当のFreeだ!なんちって😁