2016年4月24日日曜日

みやまコンセール、ミニコンサートは無事終了しました。



みやまコンセール、ミニコンサートは久しぶりの晴天、平穏な日に恵まれて無事終了しました。

今回もモダンギター(現代のクラシックギター)と19世紀ギター、2台を使用して演奏しました。

選曲にもよると思うのですが、想像通り19世紀ギターの評判がとても良かったです。現代のクラシックギターは、コンサートホールの発達を通して音量を増す為に改良されたものですが、これはこれで、だからこそヴァイオリンやフルート、歌などとのアンサンブルが可能であり、またボサノバなどのブラジル音楽を楽しむ事が出来るので、使い分けると良いですよね。

現代のクラシックギターに伴い技術、音楽的な面も発達しましたので、このギターでなければ表現出来ない曲も数えきれないくらい多く存在します。

ついでなので、補足しておくと19世紀ギターの製作技法はアメリカのスティール・ギターやエレキ・ギターに多くの関連性が見られます。

               
            
またソプラノの手塚洋子さんとは、バッハ/グノーのアヴェ・マリアをギター伴奏で演奏。                       
 
ここのところ落ち着かない日々でしたが、聴衆の皆さん、私自身、文化専門員の先生方も皆さん笑顔で穏やかな時間を過ごしました。
             
 
 

2016年4月9日土曜日

音楽。



今日も良い事が沢山ありました。

春は別れの季節でもあるけど、新しいことの始まりでもありますよね。

一つは生徒さんの成長を愛おしいと思ったこと。
一本の確認の電話。
新しい先生との会話。
元生徒さんのご厚意。
桜が綺麗だったこと。。。

日常のほんの些細なことだけど、思わずふっと笑みがこぼれる、そんな事の積み重ねで一日一日が幸せだと思うのかな・・・って思う日でした。それもこれも音楽が引き合わせてくれたことなのですよね。


2016年3月12日土曜日

木蓮の花が咲きました。

 
 

人は何故か5の倍数で何かの節目を考える習慣がありますよね。
 
昨日は一つの区切りということで、いつもより様々なことが強く思い出されて、一日中苦しかったです。
 
打ち明けてしまいたいことが沢山あったのですが、あまりにも重く複雑なことで簡単に書けることではないのですよね。思い留まって止めました。
 
見知らぬ東京でリスクを背負って、音楽院の講師と並行しながら独立への投資もしました。ゼロから一つ一つ作り上げた横浜の自分だけの教室を、誰がそう簡単に手放したかっただろうか。
 
多くの投資をして横浜教室の開講期間はたったの半年間でした。(勿体ない!!)
 
震災が起こっても(震災後に入会した生徒は省く。)都内の教室を辞めなかった生徒さん達を残して帰るわけもない。鹿児島に帰ってきたのは、そこにどうしようもない理由があったのです。人を介して様々な情報が入ってきます。私はきっと沢山の人たちに誤解されているんだろうな、本当のことを言ってしまいたい、そう思いましたが、それを言うことで読者を困惑させることになってしまう。
 
震災後、心配する実家の母に電話でハッキリとこう言いました。「私はここに残って、自分自身の出来る事をする。」
 
片時も東京の生徒さんたちのことを忘れたことはありません。もう二度とこんな悲しい想いはしたくない。
 
木蓮の花が咲いた。春が来た。また今日から生きていこう。 

 

2016年3月3日木曜日

リアル・ブラジル。



だんだんと春めいてきましたね。

今年はブラジルでオリンピックが開催されるということもあって、改めてブラジルの音楽史やデザイン王国としてのブラジル、トロピカル・ムーブメントなどに関する著作を読んでいます。

有名な「ブラジルの水彩画」や「カーニバルの朝」(黒いオルフェ)等、子供のころからアンサンブルで親しんできましたが、ブラジルという国についてはまだまだ知らないことも沢山あります。

セゴビアやイエペス、ジョンやブリームなどクラシックギターのレコード以外で、家で日常的に流れていた音楽はバロックとラテン音楽。

ブラジル音楽だけでなく、南米の音楽はその歴史から、ヨーロッパから持ち込まれたバロック音楽、或いは宮廷音楽とアフリカのリズムが融合したもの(モーツァルトやハイドンなどの影響もあるかもしれませんが。)なので、バロックとラテンで育った私には理にかなった自然な音楽なのかもしれません。。。

ヴィラ=ロボスやバーデン・パウエル、ジョビン、ピアソラなど優れた音楽家にバッハ好きな人が多いのも頷ける感じがします。

2016年2月18日木曜日

Pink Floyd - "Us And Them"



今夜中の3時ですが、やっとデータ作りが終わりました。ホッとしています。

2016年1月18日月曜日

今回のコンサートで良かったこと。


今回モーツァルトのある曲でピアノでも難しい、フルートは途中で息が上がる、クラシックギターでは到底無理でしょ!!というような早いパッセージを弾くことに成功しました。

以前、東京でもフルーティストと同じ曲を演奏し、例のその早いパッセージを「ギターで弾こうか?」と私が提案したところ、「え?ギターでその部分を弾くの?出来るの?大丈夫!?」と言われ、(あ、いやそのフルーティストは出来るのなら嬉しいわ♪的なノリでそう聞いてきたのです。)段々と自分でも出来ないかもと思い出し、あきらめて弾かなかったフレーズだったのです。

実は脳科学を応用して今回弾けるようになりました。

これは喜ばしいことだ!子供達に聴いてもらうには良い意味で曲芸的でいいアイデアかもしれません。クラシックの入口として♪ 


2016年1月14日木曜日

閃き。




今日は実りある練習でした。頭を使い科学的なアプローチを使った練習方法が唱えられ始めて20数年ほどになりますが、それでも練習でしか見えてこないものがあると思っています。

だからと言って、勿論ただがむしゃらに練習を続けていても良いというわけでもないですよね。練習しても練習しても一向に思うようにならないのは、そのような事が原因だと思います。

練習の取り組み方としては大きく言って二通りあると思います。

・技術的な点についてのアプローチ
・音楽的な点についてのアプローチ

技術的な事については何が原因なのかを探り、頭を使い効率的に練習する。

音楽的なことは、師事している先生から学ぶもの、他人の演奏から学ぶもの、色々とあると思いますが、音楽そのものを学ぶ事を前提として、音楽以外の事を知って、多角的に考え続けることによって今まで考え付かなったアプローチをふと思いつくことがあります。

今日はふとした閃きから今まで踏み込めなかったアプローチで曲に臨むことが出来ました。それは音楽以外の事を常に学び(アンテナを張り)、常に考え続けた結果閃いたのです。

アンテナを張るという表現もなんだか変ですね・・・。アンテナはわざわざ張るものではなく、既に張られれているものだからです。

しかし前提に練習しようとする行為(更に極めたいと思う気持ち)がなければ起こらなかったことで、
長年「効率的な練習方法」が余りにも浸透し過ぎて、忘れてしまいがちなことがあると最近思っています。とても単純なことですが、技術的なことが出来た時に全て音楽的なことまで出来たと勘違いしてしまう事があるのではないでしょうか。

やはり積み重ねからでしか見えてこないものがあると思っています(*^-^*)