6才よりクラシックギターを始め、高校2年在学中に初のソロリサイタルを開催。パリ・エコール・ノルマル音楽院ギター科演奏課程修了。ウィーン国立音大教授K.ラゴスニック、A.ピェルリ各氏に師事。 ヨーロッパ・クラシックギターコンクール第2位。山陰ギターコンクール第1位。長崎ギターコンクール第1位。名古屋ギターコンクール第2位。全国各地13か所、ロンドン、パリ、ポルトガルにて通算25回のソロリサイタルを開催する。 Fl.赤木りえ、M.グローウェル、Vn.大谷康子、会田桃子、G.レオナルド・ブラボー、Jazz Pf.石井彰、Vo.中孝介各氏と共演。クラシック~ポピュラーまでボーダーレスに活躍する。1st CD「ANO ZERO」2ndCDブラジル音楽作品集「Stone Flower」をリリース。みやまコンセール協力演奏家。現在、鹿児島市内の教室にて後進の指導にもあたる。地元のテレビ局をはじめ、日本テレビ、NHKなどに出演。鹿児島を拠点にしながらGGサロンコンサートに数回に渡り出演、現代ギター、CDジャーナル、ザ・フルートなど音楽専門誌にも多数記事が掲載される。
2019年9月25日水曜日
ミロンガとハバネラ。
ピアソラを弾き始めたのは25年ほど前でした。
特にピアソラ自身の演奏を参考にすることもなく、すんなり体に浸透したのは、もしかしたら子供の頃に弾いていたハバネラのリズムやジャズが関係するのかも、そんな事をふと思いました。
20年ほど前にコンクールでピアソラを自由曲に選んで1位になった事があり、客席にいらした学生の方に「ピアソラをどうアプローチしたら良いか教えてほしい。」と聞かれたことあるけれど、幼いころからクラシック以外にジャズやラテンを聴いてきた私には、論理的に説明することは出来るけれど体得するしかない、と思ったことがあります。
リズムって言語も関係するけれど、結局体で覚えるしかないのではないかな。
フランスのコントルダンスがハイチへ、フランス革命によって逃げる先がスペイン領キューバ、そしてキューバでコントラダンサからハバネラへ発展して、その後アルゼンチンの港町、ブエノスアイレスに入り、ハバネラが変形してミロンガに。
アルゼンチンで生まれてニューヨークで育ち、その後フランスへ留学した、スペイン語を話すピアソラが前衛タンゴを創った先に、タンゴの歴史のルーツを彷彿とさせ、同時に自然な成り行きだと思わせるのは面白い流れですよね。
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