2016年8月27日土曜日

The nearness of you ~Vo.和田明/G.竹之内美穂




ご縁あって、生まれて初めてジャズ(らしきもの)に挑戦してみました。

ジャズ歴ゼロ年。全くの無学です。

情報はメロディー譜だけ。最初は泣きそうなくらい戸惑い、本当に本当に苦労しました。
アレンジやソロアドリヴもどうしたら良いのか解らないまま、手探りで挑戦してみました。

歌い手は同じ鹿児島市出身の若手ジャズシンガー、和田明さん。

長年クラシックを弾いているのでジャズのイディオムを使っても自然とクラシカルなアプローチになったかもしれません。。。スウィンギーでファンキーでブルージー(笑)な感じもトライしてみたいです。

やっぱり手ごたえを感じるところまで突き進みたい。その上で最終的に自分らしい演奏をしてみたいと思っています。まさかジャズを専門になさってる方のようになれるなんて思っていませんよ(勿論!)どんな世界もそんなに甘いものではないと思っています。

因みに動画の写真はたまたまフルアコのギターを抱えておりますが、実際の音源はいつも弾き慣れているクラシックギターを使用しています♪

追記: 以前、ジャズピアニストの石井彰さん親子と共演させて頂いた時は、ボサノバやピアソラ、     クラシックでしたから、今回本当に初めての我流ジャズでした。

2016年8月22日月曜日

プロフィール更新しました。

ホームページのリニューアル中なのですが、まだ暫くかかりそうですので、取りあえずプロフィールを更新しましたので、こちらのほうに記載しておきます。


(竹之内美穂プロフィール)

鹿児島市出身。6才の誕生日よりクラシックギターを父に師事。
16才で九州ギターコンクール入賞を記念して、バッハのシャコンヌなどでリサイタルデビュー。
パリ・エコール・ノルマル音楽院にてA.ポンセ氏に師事、演奏課程ギター科修了。ウィーン国立音大ギター科教授、K.ラゴスニック、A.ピェルリ各氏に師事。その他イタリア、スイス、ドイツ、イギリス、スペインなどで夏期講習を受講。

ソロ活動の他、ラテンフルート赤木りえ、、フルートM.グローウェル、ヴァイオリニスト大谷康子、タンゴ・ヴァイオリニスト会田桃子、ジャズピアニスト石井彰、ポップスシンガー中孝介、ブラジル音楽7弦ギタリスト阿部浩二など各ジャンルのパイオニアと共演し幅広く活躍。他楽器との共演では、ヴァイオリン、フルート、ソプラノ、マリンバ、リコーダー、ピアノ、弦楽カルテットなど多数

2004年にmaレコーディングスより「ANO ZERO」をリリース。

現在、鹿児島国際大学音楽学科非常勤講師、みやまコンセール協力演奏家。
後進の指導の傍ら、鹿児島市を拠点に全国各地にて演奏活動を展開している。

(コンクール歴)  ヨーロッパ・クラシカルギターコンクール第3位。
            名古屋ギターコンクール第2位。
            山陰ギターコンクール第1位。
            長崎ギターコンクール第1位。

(リサイタル歴)  鹿児島市多数、奄美大島多数、喜界島、福岡市、長崎市、松江市多数、鳥取市、米子市                                                                   
            大阪市多数、京都市、名古屋市多数、東京都多数、北海道。
            パリ、ロンドン、ポルトガル。               
              
 (好きなこと)  アロマテラピー、スパイスと自然塩とハーブを使って料理すること、キャンプ
             トレッキングをしながら木々の香りを楽しむこと、コーヒーを飲みながら山を眺める事
           海を眺めながら空想にふけること、浅瀬に浸りながら海のミネラルを体で感じること。     
                    

2016年8月20日土曜日

ささやかな幸せ。


今日レッスンをしていて心から思ったのですが、演奏も精力的に突き進んでいきたいと思っているのですが、その一方で私は人を育てることにとても幸せを感じます。

何と表現したら良いのかな、生徒さん一人ひとりに合ったアドヴァイスをしていくうちに、その生徒さんの目の前にパッと花が開いたように、或いは世界が広がったようになる瞬間があるんですよね。

そんな時に、生徒さんたちと心が見えないところで通い合える、ああ音楽って本当にいいなと思ってもらえる瞬間が本当に好きですね。

2016年8月12日金曜日

無事終了しました!!


今日は市民アートギャラリー・ランチタイムコンサートに初めて私の生徒たちが出演しました。

小学6年生、中学1年生、大学1年生に私が入り、ガールズ・カルテットで演奏致しました。(私が入るとガールズじゃないのは許してお願い。)

30分という持ち時間の中で、いかに有意義に企画するかを練りました。

ブラジル音楽は大きく分けて

・先住民であるインディオのわらべ歌や民謡
・植民地時代にヨーロッパ移民が持ち込んだクラシック音楽
・アフリカのリズム

この3つが核になって融合して出来た音楽です。そしてブラジル音楽の歌(心)のキーワード、「サウダージ」この言葉は郷愁とか、懐かしく想う気持ち、残してきたものに対しての哀愁、と近い言葉は言い表せますが、実はブラジルの歴史や音楽を研究すればするほど、それに適した日本語は見つかりません。

ただ、教員でいらっしゃる親御さんの関係で奄美大島の小学校で3年間シマ唄を習った事のある生徒さんに試しに歌ってもらったところ、何か言葉に言い表せない神聖なものを感じました。そしてこの「サウダージ」の心と少し共通しているものがあるのではないか?そんな気持ちになって、ブラジル音楽のプログラムに入れてみたのでした。

想像した通り、何の違和感もなく自然に溶け込んでいて、反響も良く、長い年月をかけて大航海の旅から帰ってきたような気持になりました。

サンシンがないと歌えないとか、ギターで新しいシマ唄を、という声が沢山ありましたが、私はあえてアカペラで歌うことを彼女に勧めました。

それは正解でした。

奄美の出身らしきおじいちゃんが「今はシマ歌が商業的になってきていて少し寂しい。何の伴奏もなく歌った子供のシマ唄が本当に良かった。昔は全部揃うことなんて無くて歌っていたわけだから。」そうおっしゃっていました。

プログラムは、モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲~カーニバルの朝~朝花節(奄美のシマ唄)~チコ・チコ・ノ・フバーと植民地時代にブラジルへ渡ったクラシック音楽(選曲はイメージです。)から始まり、クラシックとアフリカのリズムが融合した時期の音楽(サンバ・カンサオン)、日本のサウダージ、最後に子供たちの雰囲気に合う楽し気な、まさにモーツァルトとアフリカのリズムが融合していると言えるような曲で締めくくりました。

短い持ち時間の中で、ブラジル音楽の歴史を一通り知って頂き、シマ唄を歌ってもらうことで、皆さんに分かりやすくサウダージを違う形で表現してみた、そんな企画でした。

2016年8月4日木曜日

ファドのリズム。


それからこの事も記しておこう。リスボンのとある会員制のちょっとリッチなファドハウスで、ファドの女王、アマリア・ロドリゲスの伴奏をしていたという楽団の方達の演奏を聴いたときのこと。

その時のファディスタもやはり実力派という感じの方でした。

歌も良かったけれども、驚いたのはその楽団の方たちの独特のリズムやタイム感覚。リスポンのファドは大抵2拍子なのだけれど、その引きずるような2拍子の中にも様々なリズムが融合して成り立っているような何とも形容し難いものでした。

アフリカの8分の6拍子のようなリズムも入っていたような気もするし、或いはブラジル発の混血のリズムも何もかも入っていたような気がします。

これは私が15年ほど前に生まれて初めて、アマリア・ロドリゲスのレコードを大音量で聴かせてもらったあのリズムを思い出させ、他のどのファドの音源にもないものでした。

2016年8月1日月曜日

タンゴとファド、ショーロとブラジル風タンゴ。


ひと昔前にポルトガルにリサイタル・ツアーに行ったことがある。

貴族のお茶会でのサロン・コンサート、王族の方主催で教会でのソロ・リサイタル、はたまたファドハウスでファドやブラジル音楽のミュージシャン達とのセッションなどで演奏してきたのですけど、プライベートでギター片手に幾つかのファドハウス巡りをした際に、ある一軒の店主がやたらと熱く語っていた言葉が長年離れない。

「ファドはタンゴなんだ。元はといえばタンゴなんだよ。タンゴと同じなんだよ。」

私はその時、とても重大なことを耳にしてしまったような気が何となくして、いや特に重要なことでもないかもしれないけれど、でもどうしてもファドがタンゴなのか解明したくて、長年それを心の中で探し続けていました。

ただの好奇心です。

思いついたときに書かなければと思って書いています。

植民地時代にヨーロッパからの移民が同時に持ち込んだ宮廷音楽や大衆音楽、その中にアンダルシア地方に誕生したタンゴがマシーシなどと混ざり合い、タンゴ・ブラジレイロとして定着し、ショーロの元になったと言われている。(タンゴも様々な種類があるのですが、説明すると長くなるので省略。)

一方、18世紀に誕生したブラジル初の大衆音楽、モジーニャ。憂いがありながらも甘美なメロディーを持つモジーニャは、ポルトガルに逆輸入されてファドの原型になったと言われている。

タンゴ・ブラジレイロが定着したのは19世紀ですが、ポルトガルとブラジルを行き来する度に、もしかしたらこのタンゴ・ブラジレイロもファドが作られていく段階に何らかの形で融合したのでは?と個人的な憶測なのですが、ふと思いました。

あの引きずるような独特のタイム感覚は実際、ファドもタンゴも似ているのではないか、と気づきました。あ、いえ実はこの事にはポルトガルから帰国後、持論としてあったのですが、最近ブラジル音楽の歴史に関する著作を読み、少し確信が強まったのです。

そしてもう一つ、例えば一般のショーロには余り見られないのですが、ヴィラ=ロボスのショーロス第1番。この曲には跳躍する音にフェルマータがつけられ、伸ばすあるいは溜める箇所がところどころにあります。これもポルトガルでファディスタ(ファドの歌い手)がテンションが高まり歌い上げる箇所を気の済むまで(笑)伸ばして(溜めて)て、ストンとテンポに戻るというのが一つのスタイルなのですが、このスタイルと全く似ている。

もしかしたら、分かりませんが当時ヴィラ=ロボスも何らかの形でファドを聴き、そこからヒントを得たのでは?そんな事も長年考えていました。

あの小さなファドハウスの店主の一言から、移民、文化の逆輸入、融合、こんな言葉をキーワードにブラジルとポルトガルの音楽が成り立っていった謎の中の一つが解けた「かも」しれない夜なのでした。