2016年8月1日月曜日

タンゴとファド、ショーロとブラジル風タンゴ。


ひと昔前にポルトガルにリサイタル・ツアーに行ったことがある。

貴族のお茶会でのサロン・コンサート、王族の方主催で教会でのソロ・リサイタル、はたまたファドハウスでファドやブラジル音楽のミュージシャン達とのセッションなどで演奏してきたのですけど、プライベートでギター片手に幾つかのファドハウス巡りをした際に、ある一軒の店主がやたらと熱く語っていた言葉が長年離れない。

「ファドはタンゴなんだ。元はといえばタンゴなんだよ。タンゴと同じなんだよ。」

私はその時、とても重大なことを耳にしてしまったような気が何となくして、いや特に重要なことでもないかもしれないけれど、でもどうしてもファドがタンゴなのか解明したくて、長年それを心の中で探し続けていました。

ただの好奇心です。

思いついたときに書かなければと思って書いています。

植民地時代にヨーロッパからの移民が同時に持ち込んだ宮廷音楽や大衆音楽、その中にアンダルシア地方に誕生したタンゴがマシーシなどと混ざり合い、タンゴ・ブラジレイロとして定着し、ショーロの元になったと言われている。(タンゴも様々な種類があるのですが、説明すると長くなるので省略。)

一方、18世紀に誕生したブラジル初の大衆音楽、モジーニャ。憂いがありながらも甘美なメロディーを持つモジーニャは、ポルトガルに逆輸入されてファドの原型になったと言われている。

タンゴ・ブラジレイロが定着したのは19世紀ですが、ポルトガルとブラジルを行き来する度に、もしかしたらこのタンゴ・ブラジレイロもファドが作られていく段階に何らかの形で融合したのでは?と個人的な憶測なのですが、ふと思いました。

あの引きずるような独特のタイム感覚は実際、ファドもタンゴも似ているのではないか、と気づきました。あ、いえ実はこの事にはポルトガルから帰国後、持論としてあったのですが、最近ブラジル音楽の歴史に関する著作を読み、少し確信が強まったのです。

そしてもう一つ、例えば一般のショーロには余り見られないのですが、ヴィラ=ロボスのショーロス第1番。この曲には跳躍する音にフェルマータがつけられ、伸ばすあるいは溜める箇所がところどころにあります。これもポルトガルでファディスタ(ファドの歌い手)がテンションが高まり歌い上げる箇所を気の済むまで(笑)伸ばして(溜めて)て、ストンとテンポに戻るというのが一つのスタイルなのですが、このスタイルと全く似ている。

もしかしたら、分かりませんが当時ヴィラ=ロボスも何らかの形でファドを聴き、そこからヒントを得たのでは?そんな事も長年考えていました。

あの小さなファドハウスの店主の一言から、移民、文化の逆輸入、融合、こんな言葉をキーワードにブラジルとポルトガルの音楽が成り立っていった謎の中の一つが解けた「かも」しれない夜なのでした。